生まれてから一度も「雨」を体験したことがない男がいました。
彼の「渇き」は様々な雨の恵みを奪い荒れ果てた砂漠を広げていくばかりでした。
それでも彼は自分の呪われた運命に抗うように植物学者となり、
いまだ見たことのない雨を求めて、
たくさんの国を自分の足で歩いてきました。
蒸したジャングルに行っても、晴れ間が一度も見えない山奥に行っても、
やはり彼の頭の上に雨が降ることはありませんでした。
ある時、研究のために山小屋でひとり過ごしていたら、
大きな山火事が襲いました。
ばちばちと燃える木々の中で逃げながら彼はひたすら雨が降ることを祈ります。
太陽が沈み空が暗くなってもうダメかと諦めかけた時、
彼の頭の上から雨の滴がぽたぽた降り落ち、そしシャワーのように降り注ぎ、火が消えました。
焼け野原から空を見上げると満点の星空が見え、
ずっとひとりで苦しんできた呪いから解放された彼は、
いつまでもいつまでも夜の空を眺めていました。
山から降りた彼の眼は光を失い、
暗闇で見えるのはあの時の燃え盛る炎の色、
自分の体を濡らしてゆく雨の色、
初めて自分の眼で見た、雨上がりの太陽の色。
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